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生命保険会社の変遷(自由化以降)

  • 6 時間前
  • 読了時間: 7分

この記事では、自由化以降に生命保険会社がどう姿を変えてきたのか、その「変遷」を整理していきたいと思います。整理していて思ったことは、生命保険業界は、損害保険業界のような「再編」はしていない、ということです。


損害保険業界は、十数社が3つのメガ損保グループへと集約される、劇的な再編を経験しました。ただ、生命保険業界では、会社が合併で消えていくというより、大手・中堅生保がグループ内に別会社を設立・買収して「拡大」していく傾向が強く、自由化前と比べてむしろ会社数は増えています。一方、経営が苦しくなった会社は外資系の受け皿へと引き継がれ、昔からの会社も名前を変えて存続している例が多く見られます。損保のような極端な寡占市場にはなっていないのです。この記事では、変遷図(サムネイル)の分類に沿って、調べてわかったこと・気づいたことを順に見ていきます。


その前に、なぜ「破綻」が起きたのか

変遷を追う前に、1990年代後半に相次いだ生命保険会社の破綻について、背景を簡単に触れておきます。バブル期、生命保険会社は高い予定利率、すなわち保険料の計算上あらかじめ見込む運用利回りを設定した商品を数多く販売しました。ところがバブルが崩壊し、株価下落と超低金利が続くと、約束した利回りを運用収益が下回る「逆ざや」が発生します。長期契約を大量に抱える生命保険では、この逆ざやが重い負担となり、複数の中堅生保が経営破綻に追い込まれました。この「破綻」と、その受け皿づくりこそが、生保の変遷を語るうえで欠かせない要素です。以下、会社のグループごとに見ていきます。


1. 国内大手・中堅生保 ― 合併ではなく「拡大」


国内大手生保グループの変遷図
国内大手生保グループの変遷図
国内大手・中堅生保グループの変遷図
国内大手・中堅生保グループの変遷図

まず、伝統的な国内大手・中堅生保ですが、合併による集約がほとんど起きてません。数少ない合併の例が、2004年に明治生命と安田生命が合併して誕生した明治安田生命です。これはむしろ例外的なケースといえます。大手・中堅生保に共通するのは、本体を統合するのではなく、新しい販売チャネル向けに別会社をグループ内に設けるという動きです。


  • 日本生命は、金融機関窓販向けにマスミューチュアル生命を買収してニッセイ・ウェルス生命とし、代理店向けにはなさく生命を新設しました。さらに三井生命を買収し、大樹生命として存続させています。

  • 第一生命は、銀行窓販向けの第一フロンティア生命、代理店・デジタル向けの第一ネオ生命をグループに持ちます。

  • 明治安田生命は、銀行窓販等の代理店向けに明治安田トラスト生命を、住友生命はメディケア生命を抱えています。

  • また、富国生命がフコクしんらい生命、朝日生命がなないろ生命、T&D保険グループ(太陽生命・大同生命)がT&Dフィナンシャル生命を、それぞれ別チャネル向けに展開しています。


本体は本体として残しつつ、「営業職員は本体、銀行窓販や代理店はグループ子会社」と役割を分けてグループを広げている感じです。結果として、国内系グループの生命保険会社の数は自由化前より増えています。これが損保との決定的な違いです。また、かんぽ生命も2007年に郵政民営化にともなって誕生し、この時期の国内系の新しい顔となりました。


2. 損保系生保 ― 損保と同じ再編


損保系生保の変遷図
損保系生保の変遷図

会社が集約されていく例外が、損害保険会社の子会社である生保です。金融ビッグバンで生損保の相互参入が認められると、損害保険各社は見事に足並みをそろえて、同じ時期(1996年前後)に子会社の生命保険会社を設立し、生保市場へ参入しました。興味深いのは、その後の動きで、親会社である損害保険会社の再編と、ほぼ同じ再編をたどっています。


  • 東京海上グループは、日動生命・東京海上あんしん生命などが統合し、東京海上日動あんしん生命へ

  • MS&ADグループは、複数の子会社生保が統合を重ね、三井住友海上あいおい生命と銀行窓販向けの三井住友海上プライマリー生命へ

  • SOMPOグループは、安田火災ひまわり生命・日本興亜生命などが統合を重ね、SOMPOひまわり生命へ


損保系だけは、伝統的な生保と異なり会社数が明確に減っており、「再編」と呼べる集約が起きています。親会社の損保が3メガに集約されたのに連動して、子会社の生保も集約された感じです。ちなみに、損保がこぞって生保に参入した一方で、生保から損保への参入は限定的でした。これは個人的な推測ですが、1年更新で事故対応も頻繁な損保に比べ、生保は一度加入すれば長期間、大きなメンテナンスがそれほど必要ないです。参入のオペレーション上のハードルが、損保側のほうが高かったのではないかと思います。


3. カタカナ系・ネット系 ― 異業種からの参入


カタカナ系・ネット系の変遷図
カタカナ系・ネット系の変遷図

他業種からの参入が認められると、金融・IT・流通など、さまざまな異業種が生命保険に参入してきました。


  • オリックス生命(オリックスグループ)

  • ソニー生命(ソニーグループ。ライフプランナーによるコンサルティング営業で知られます)

  • SBI生命(SBIグループ。ピーシーエー生命などを引き継いで展開)

  • 楽天生命(楽天グループ。アイリオ生命を買収して参入)

  • ライフネット生命


ライフネット生命は珍しいケースで、日本生命出身の出口治明氏らが2008年に一から新設した独立系のネット生保で、既存グループに属さない参入でした。これらネット系・異業種系は、インターネットや独自の顧客基盤を武器に、近年も比較的好調な印象があります。


4. 外資系生保 ― 「破綻の受け皿」として存在感を確立


外資系生保の変遷図①
外資系生保の変遷図①
外資系生保の変遷図②
外資系生保の変遷図②

生保の変遷を語るうえで象徴的なのが外資系です。現在41社ある生命保険会社のうち12社が外資系で、近年は新契約の相当割合を占めるまでになっています。外資系の歴史は意外と古く、戦前から日本で営業していた会社もあったとされます。転機の一つが、1974年にアメリカン・ファミリー生命(現・アフラック)が日本で初めてがん保険を販売したことです。


ただ、外資系が本格的に数を増やしたのは、1990年代のバブル崩壊後でした。経営破綻した国内生保を引き受ける「受け皿」として、外国資本が相次いで参入したのです。1996年の保険業法改正による規制緩和も、これを後押ししました。破綻会社の受け皿という流れを、変遷図でたどると次のようになります。


  • プルデンシャルグループでは、プルデンシャル生命があおば生命(旧日産生命)を合併しました。一方、協栄生命はジブラルタ生命として再建され、その後、旧東邦生命系のAIGエジソン生命と旧千代田生命系のAIGスター生命を合併しました。

  • アクサ生命も、日本団体生命やウインタートウル・スイス生命、ネクスティア生命などを次々と統合し、集約を進めました。

  • メットライフ生命、マニュライフ生命、FWD生命(旧AIG富士生命)なども、破綻・売却された会社を引き継ぐ形で日本での基盤を築いています。


破綻した中堅生保(日産・東邦・第百・大正・千代田・協栄・東京生命など)の多くは、こうして外資系の傘のもとで契約が守られ、再生していきました。プルデンシャルやアクサのように、「買収→合併→集約」という損保に近い再編をしていて、自由化前と比べて会社数が減っています。一方で、外国資本が日本でゼロから新会社を設立するケースもありました。アフラックがその先駆けで、自由化以降もカーディフ生命、クレディ・アグリコル生命、チューリッヒ生命などが続いています。


5. まとめ


こうやって整理すると、生命保険業界の自由化以降は、損保のような一直線の集約ではなかったです。


  • 国内大手・中堅:合併せず、別チャネル向け子会社を設けてグループを拡大(会社数は増加)

  • 損保系:親会社の損保再編と連動して集約(会社数は減少)

  • ネット・異業種系:新規参入で多様化

  • 外資系:破綻会社の受け皿として参入し、買収・合併で集約


損保が「3メガへの集約」という寡占に向かったのに対し、生保は大手がグループを広げ、破綻会社は外資が受け止め、古い会社も名前を変えて生き残る集約と拡大と再生が混ざった複雑な感じでした。生保の歴史が「破綻」と「再生」の歴史でもある、といわれるのも納得です。


では、実際に生命保険会社が破綻したとき、その契約者はどうなったのでしょうか。予定利率の引き下げや契約の移管は、契約者にどんな影響を与えたのか。次回は「生命保険会社が破綻したら契約はどうなるのか」をテーマに、契約者保護の仕組みを見ていきます。



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