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損害保険の起源

  • 2025年5月22日
  • 読了時間: 4分

更新日:5月20日


損害保険がいつ始まったかは諸説あるものの、海上保険を起源として今日まで発展してきました。個人どうしの助け合いを原点とする生命保険とは異なり、ビジネスのリスクを引き受けることを原点としています。また、そのビジネスに精通する保険仲立人の役割が大きいことが特徴として挙げられます。


1. 始まりは古代の海の上 ― 「冒険貸借」


損害保険の原型とされているのは、古代ギリシャ時代の「冒険貸借(ぼうけんたいしゃく)」という仕組みです。わかりにくいので言い直すと、航海に出る商人がお金を借り、無事に帰ってきたら元本+利息を返す。でも船が沈んだら返さなくていい。これが冒険貸借の仕組みです。


今で言うと、「成功報酬型のハイリスク融資」のようなイメージです。失敗したときのリスクを金融業者が肩代わりし、成功したときだけ手数料を受け取る。損害保険の「リスクの引き受け」という発想は、ここに原点があります。


2. 中世イタリアで「海上保険」へ進化


14世紀になると、イタリア商人が新しい形式を生み出しました。航海前に保険料を受け取り、損害が起きたときに支払うという仕組みです。保険証券(契約書)も発行されました。これが「海上保険」の始まりです。冒険貸借は「まず貸して、帰ってきたら返してもらう」仕組みでした。海上保険は「先にお金を払っておく」仕組みです。事故が起きる前にお金を積んでおく、という現代の保険に近い形になりました。


現代の損害保険と同じ構造です。「先払い・後払い」が逆転したことで、保険がより使いやすいビジネスの道具になりました。


3. 17世紀ロンドン ― コーヒー店から「ロイズ」が誕生


17世紀のロンドン、エドワード・ロイドが経営するコーヒー店に、海運業者・貿易商・資本家が集まり、船の情報や保険の引き受けを行うようになりました。これが、後の「ロイズ保険組合」の原点です。コーヒー店が「情報交換の場」になっていたイメージです。「あの船は信頼できるか」「この航路はどのくらい危険か」といった情報が集まることで、保険の引き受けが高度化していきました。


ロイズは今も世界最大級の保険市場として機能しています。コーヒー店の集まりが、300年以上続く組織になったわけです。




4. 1666年 ロンドン大火 ― 火災保険が生まれるきっかけ


1666年9月、ロンドンで大規模な火災が発生しました(ロンドン大火)。4日間燃え続け、市内の建物の約88%が焼失しました。この大惨事をきっかけに、翌1667年、建築業者のニコラス・バーボンが世界初の火災保険会社を設立しました。


世界三大大火のひとつに数えられるほどの規模です。「次に火事が起きたときのために備えておこう」という発想が、火災保険を生みました。「保険は大きな事故の後に進化する」という法則は、現代でも変わりません。その後、複数の保険会社が参入し、各社が独自の「消防隊」を持つようになりました。これが後に公的消防署へと発展していきます。



5. 産業革命・明治維新で世界へ広がる


火災保険の普及は産業革命とともに加速しました。新しい工場・機械・物流が次々と生まれ、それを守る保険需要も急拡大しました。日本への保険の紹介は、福沢諭吉がきっかけです。幕末に欧米を視察した福沢諭吉は、著書『西洋事情』の中で保険の仕組みを「災難請合(さいなんうけあい)」として初めて日本に紹介しました。


災難を請け合う(引き受ける)という考えは、損害保険の本質をうまく表しています。「万が一のときは私が代わりに損害を負います」という約束が、保険の核心だからです。その後、1879年(明治12年)に日本初の損害保険会社「東京海上保険(現・東京海上日動)」が設立され、海上保険を皮切りに損害保険が日本全国へ急速に広がっていきました。


まとめ:損害保険の歴史を一本の流れで

時代

出来事

ポイント

古代ギリシャ

冒険貸借

リスクを誰かに肩代わりさせる発想の原点

14世紀イタリア

海上保険・保険証券の誕生

「先払い」の保険料という現代の形に

17世紀ロンドン

ロイズの原型が誕生

情報と資本が集まる「保険市場」へ

1666年

ロンドン大火 → 火災保険誕生

個人・家庭向けへ保険が広がる

19世紀以降

産業革命・明治維新

世界・日本へ普及

損害保険は「海のリスクを乗り越えるための知恵」として生まれ、火災・産業・個人へと守る対象を広げながら発展してきました。



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